裏プロフィール(いろいろありました編)

誰かが歌いだすと、家族みんなで合唱しはじめる。

私は3姉妹の末っ子で、お姉ちゃん達の歌にハモるのが大好き。
英才教育なんて全くないけれど
私の中に「音楽は楽しいもの」として身近にありました。

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中学校でサックスに出会い、夢中で練習して、音楽大学、さらには大学院まで進んで
クラシックサックスの学びを深める日々。

楽器がうまくなる為に、コンクールでいい成績を収める為に、学校でトップの成績をとるために

厳しい先生のレッスン
「そこがだめだ!なぜできない?、練習が足りなんじゃないのか?」

毎日重箱の隅を突くような練習、こんなんじゃ、だめだ、だめだ、だめだ。

~プチッ~

私の中で、何かが壊れた。
原因もわからず、音が出せなくなった。

当時、大学院を修了の「これから」って時。

毎日泣いてばかりいる日々。

周りの活躍する同級生や後輩の活躍が、うらやましくて・・・
なのに、自分は全く楽器を吹けなくなってしまった。
生きているのも辛かった。

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横浜から仙台に引っ越し
だれも、私がサックス奏者だという事すら知らない街に移り住んだ。

そこで見たのが「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」
素人のおじさんが、それはそれは楽しそうに演奏していて、私はハッとした。

「ねえ、音楽って楽しいんだよ」

そんな、当たり前の事、私の原点であることを
私はすっかり忘れていたのね。

楽器がうまいがなんだ、コンクールの成績がなんだ。

自分を苦しめる音楽との関りから、もうそろそろ飛び立とう。

 

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私は当時、今でいう神経系の病気、フォーカルジストニアだったのではないかと想像します。
使いすぎて、根詰めすぎて
自分の中の「ねばならぬ」にがんじがらめになって
口に力が入らず、アンブシュアが緩みっぱなし。緩まないように、筋肉つけて、
力をいれなきゃ、と力を入れる事ばかりに必死でした。

 

ないものはない。
ないなら、あるもので、やればいい。

そんな簡単な事に気づくのに本当に本当に何十年と長い年月かかりました。

今もまだ、うまくいかないこともあります。
でも、それもまた自分。受け止めていこう。

それよりも、今は、「楽しい」を大事にしようと思える自分に出会えたのだから。

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一度なくした音楽が、
輝きをもってまた私のところに戻ってきてくれた。

ならば、私はこの

「音楽は楽しい」を伝えて行く人になろう、を一生かけてやっていこうと思っています。

初めて楽器を手にする生徒さんや、うまく吹けないと悩む人へも
私の経験から、伝えられることはきっとあるし、それを心を込めて伝えたい、そう思ってレッスンしています。

 

ライブも、やはりそこは一緒。聞いた方が「ああ、明日も頑張る活力になるな!」そんな風に思ってもらえるような
演奏をしていきたいと、いつも思っています。

 

芸の道。
ラクチンばかりでは、当然ないけれど、それでもあきらめたくない、私自身にも、あなたにも伝えたい。

「音楽は楽しいもの」

最初に出会ったときから、本当は変わらず、ず~っと寄り添っていてくれたのだから。